本展の開催地は、ニューヨーク(e-flux)となります。[LINK: The Imperial Ghost in the Neoliberal Machine (Figuring the CIA), e-flux]
1950年代から60年代にかけて、アメリカ中央情報局(CIA)の反共政策は世界中で展開されましたが、日本もその例外ではありませんでした。CIAのスパイ活動や戦略的な誘導によって、マスメディアや暴力団が動員され、社会運動が抑圧されて来た経緯については、政府機関の主要な関係筋の証言から明らかになってきました。[1] 機械と亡霊という二つのキーワードによって、心身の二元論が示唆される本展は、新しい環境に応じて入れ替わる統制のあり方と、現在にまで脈々と受け継がれ血肉化したこの策略の残響に向き合います。
ミヌク・イム (1968年、韓国生まれ)は、クリスマスキャロル《オー・タネンバウム》(もみの木)の旋律にのせて歌われる労働歌「赤旗の歌」の歴史を辿り、歌曲を、さまざまに変化する時代を受け入れる容器に喩えています。 新たにコミッションされ制作された本作では、これまでのリサーチを継承し、1950年代から60年代にかけて日本で広まった「うたごえ運動」[2]の歴史的な経緯に言及しています。昨年末に東京で行われたパフォーマンスでは、ロシア労働歌を演奏するアコーディオン奏者を乗せた街宣車で皇居を周遊し、主体の絶え間ない移動による歴史の脱領域化を試みました。この実践の記録を、映像とサウンドインスタレーションに変えた本作は、労働歌を合唱しながら警察と衝突した血のメーデー(1952年)[3]を想起させます。
大衆映画に埋め込まれたジェンダー、民族、文化的コードを読み替えるパフォーマティブな作品で知られるミン・ウォン (1971年、シンガポール生まれ)は、1970年代の日本の成人映画(ピンク映画)についての新しいプロジェクトに取り組んでいます。当時の映画産業における「ポルノ化」[4] に焦点を当てたウォンの調査は、左翼活動家グループと関係を持ちながらも、生計を立てるためにこのジャンルで実績を積んだ前世代の映画監督たちに触れています。左翼的で急進的な叙事詩から、女性蔑視を感じさせる汚辱に満ちた空想まで、彼らの抱えたフラストレーションを、商業的にも受容されうる創造性へと転化し、セックスと政治が交差する極点を見出しました。本展覧会では、こうした日本のピンク映画とその背景に触発された新作が発表されます。
CIAの暴力団との関わりを思い起こさせるような、CIAとイタリア・キリスト教民主党員との密かな関係が、イタリアの映画作家ピエル・パオロ・パゾリーニ (1922-1975) の暗殺を引き起こしたと考えられています。ジョシュア・オコン (1970年、メキシコ生まれ) の映像作品《オスティア》(2013年) は、この想像上の犯罪現場を描きます。パゾリーニ監督作品「サロ、 或いはソドムの120日」(1975年)を参照した《サロ島》(2013年) は、嗜虐的で屈折した映画のワンシーンを表す映像と彫刻のインスタレーションです。カリフォルニア州ニューポートにある「シュルレアルな深夜の企業迷路」で、生活を奪われた老人が徘徊する本作において、ファシズムと新自由主義経済下における環境の類似性が、過去と未来が交差するかのように浮かび上がります。
「機械の中の亡霊 (CIAを考える)」は、1950年代以降、知識人を抑圧してきた反共産主義のレトリックに呼応する作品を特徴としています。この筋書きの根拠として、本展では近年機密解除されたCIAファイルをアーカイブとして展示しています。なかでも重要な人物は、戦犯でありながら巣鴨プリズンから釈放された岸信介(1896-1987年) らであり、この確固とした関係性は現首相である彼の孫世代へと引き継がれているといえるでしょう。
1950年代から60年代にかけて、アメリカ中央情報局(CIA)の反共政策は世界中で展開されましたが、日本もその例外ではありませんでした。CIAのスパイ活動や戦略的な誘導によって、マスメディアや暴力団が動員され、社会運動が抑圧されて来た経緯については、政府機関の主要な関係筋の証言から明らかになってきました。[1] 機械と亡霊という二つのキーワードによって、心身の二元論が示唆される本展は、新しい環境に応じて入れ替わる統制のあり方と、現在にまで脈々と受け継がれ血肉化したこの策略の残響に向き合います。
ミヌク・イム (1968年、韓国生まれ)は、クリスマスキャロル《オー・タネンバウム》(もみの木)の旋律にのせて歌われる労働歌「赤旗の歌」の歴史を辿り、歌曲を、さまざまに変化する時代を受け入れる容器に喩えています。 新たにコミッションされ制作された本作では、これまでのリサーチを継承し、1950年代から60年代にかけて日本で広まった「うたごえ運動」[2]の歴史的な経緯に言及しています。昨年末に東京で行われたパフォーマンスでは、ロシア労働歌を演奏するアコーディオン奏者を乗せた街宣車で皇居を周遊し、主体の絶え間ない移動による歴史の脱領域化を試みました。この実践の記録を、映像とサウンドインスタレーションに変えた本作は、労働歌を合唱しながら警察と衝突した血のメーデー(1952年)[3]を想起させます。
大衆映画に埋め込まれたジェンダー、民族、文化的コードを読み替えるパフォーマティブな作品で知られるミン・ウォン (1971年、シンガポール生まれ)は、1970年代の日本の成人映画(ピンク映画)についての新しいプロジェクトに取り組んでいます。当時の映画産業における「ポルノ化」[4] に焦点を当てたウォンの調査は、左翼活動家グループと関係を持ちながらも、生計を立てるためにこのジャンルで実績を積んだ前世代の映画監督たちに触れています。左翼的で急進的な叙事詩から、女性蔑視を感じさせる汚辱に満ちた空想まで、彼らの抱えたフラストレーションを、商業的にも受容されうる創造性へと転化し、セックスと政治が交差する極点を見出しました。本展覧会では、こうした日本のピンク映画とその背景に触発された新作が発表されます。
CIAの暴力団との関わりを思い起こさせるような、CIAとイタリア・キリスト教民主党員との密かな関係が、イタリアの映画作家ピエル・パオロ・パゾリーニ (1922-1975) の暗殺を引き起こしたと考えられています。ジョシュア・オコン (1970年、メキシコ生まれ) の映像作品《オスティア》(2013年) は、この想像上の犯罪現場を描きます。パゾリーニ監督作品「サロ、 或いはソドムの120日」(1975年)を参照した《サロ島》(2013年) は、嗜虐的で屈折した映画のワンシーンを表す映像と彫刻のインスタレーションです。カリフォルニア州ニューポートにある「シュルレアルな深夜の企業迷路」で、生活を奪われた老人が徘徊する本作において、ファシズムと新自由主義経済下における環境の類似性が、過去と未来が交差するかのように浮かび上がります。
「機械の中の亡霊 (CIAを考える)」は、1950年代以降、知識人を抑圧してきた反共産主義のレトリックに呼応する作品を特徴としています。この筋書きの根拠として、本展では近年機密解除されたCIAファイルをアーカイブとして展示しています。なかでも重要な人物は、戦犯でありながら巣鴨プリズンから釈放された岸信介(1896-1987年) らであり、この確固とした関係性は現首相である彼の孫世代へと引き継がれているといえるでしょう。
CIAの秘密工作は、他国の経済政策、主権の歴史、多くの人々の現実認識そのものを変えることに成功し、世界の文化的・政治的景観を取り返しのつかないほどに変容しました。本展では、今日もかたちを変えて繰り返されるこの戦略の反響が、今日の政治的想像力に与える影響、そして日米両国の置かれた関係性を、今いちど認識することを意図しています。
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[1] 一例に次の記事を参照。Tim Weiner, “C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's,” The New York Times, New York, October 9, 1994. https://www.nytimes.com/1994/10/09/world/cia-spent-millions-to-support-japanese-right-in-50-s-and-60-s.html
[2] うたごえ運動は、1947年に日本共産党の下部組織である日本青年共産同盟(民生 1923年〜) の中央合唱団として結成されたことに始まる。労働歌や革命歌を歌う合唱団の演奏活動を中心とする。当時流行したうたごえ喫茶などを拠点に、「歌ってマルクス、踊ってレーニン」というキャッチコピーのもと日本全国での普及をみた。
[3] 血のメーデー(1952年) は、サンフランシスコ講和条約調印(1951年)と連合国軍の占領終結後の高まる緊張の中、皇居外苑で行われたメーデーでデモ隊と警察部隊とが衝突した騒乱事件。全学連、民生などが中心に多くの朝鮮人が加わったと言われる。
[4] ピンク映画は、映画の芸術的嗜好と商業的要請の厳しい相克の中で制作され、低予算、早撮りを特徴とする。平均予算300万円程度で撮影期間は3日といわれる。大手映画製作・配給会社の日活(1912年〜) は当時の流行に乗り、セックス、暴力、S&M、ロマンスに焦点を当てた「日活ロマンポルノ」(1971-1988年) をシリーズ化した。
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スペシャルサンクス:アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)、ジェイミ・マリー・デイヴィス
アサクサディレクター:大坂紘一郎
プロジェクトマネージャー:三上真理子
キュラトリアル・アシスタント:マリカ・コンスタンティーノ、権祥海(ゴン・サンへ)
e-fluxプログラムディレクター:アマル・イッサ
オフィスマネージャー:ヘイリー・アイリス
コーディネーター:エリシア・トウイ
展覧会
2019年4月30日[火]〜6月8日[土]
火水木金土 12:00〜18:00 オープン
会場:e-flux | 311 E Broadway, New York, NY 10002
オープニングレセプション
2019年4月30日[火] 18:30–20:30pm
お問い合わせ:info@asakusa-o.com
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[1] 一例に次の記事を参照。Tim Weiner, “C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's,” The New York Times, New York, October 9, 1994. https://www.nytimes.com/1994/10/09/world/cia-spent-millions-to-support-japanese-right-in-50-s-and-60-s.html
[2] うたごえ運動は、1947年に日本共産党の下部組織である日本青年共産同盟(民生 1923年〜) の中央合唱団として結成されたことに始まる。労働歌や革命歌を歌う合唱団の演奏活動を中心とする。当時流行したうたごえ喫茶などを拠点に、「歌ってマルクス、踊ってレーニン」というキャッチコピーのもと日本全国での普及をみた。
[3] 血のメーデー(1952年) は、サンフランシスコ講和条約調印(1951年)と連合国軍の占領終結後の高まる緊張の中、皇居外苑で行われたメーデーでデモ隊と警察部隊とが衝突した騒乱事件。全学連、民生などが中心に多くの朝鮮人が加わったと言われる。
[4] ピンク映画は、映画の芸術的嗜好と商業的要請の厳しい相克の中で制作され、低予算、早撮りを特徴とする。平均予算300万円程度で撮影期間は3日といわれる。大手映画製作・配給会社の日活(1912年〜) は当時の流行に乗り、セックス、暴力、S&M、ロマンスに焦点を当てた「日活ロマンポルノ」(1971-1988年) をシリーズ化した。
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スペシャルサンクス:アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)、ジェイミ・マリー・デイヴィス
アサクサディレクター:大坂紘一郎
プロジェクトマネージャー:三上真理子
キュラトリアル・アシスタント:マリカ・コンスタンティーノ、権祥海(ゴン・サンへ)
e-fluxプログラムディレクター:アマル・イッサ
オフィスマネージャー:ヘイリー・アイリス
コーディネーター:エリシア・トウイ
展覧会
2019年4月30日[火]〜6月8日[土]
火水木金土 12:00〜18:00 オープン
会場:e-flux | 311 E Broadway, New York, NY 10002
オープニングレセプション
2019年4月30日[火] 18:30–20:30pm
お問い合わせ:info@asakusa-o.com
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